日本経済団体連合が2018年に会員企業を対象に行った調査では、回答を寄せた597社の82.4%が「採用選考にあたって重視した」とするのが、「コミュニケーション能力」でした。
「主体性」「チャレンジ精神」などほかの要素と比べても、群を抜いて高い割合でした。
コミュニケーションの質は、相手との関係性や場の雰囲気といった要素に左右されます。表情や言葉遣いを工夫して、ある程度軌道修正できる余地はあります。しかし、完全な制御を可能にする力は想定しづらいと考えられます。なのに、多くの企業が「コミュニケーション能力」に価値を見出しているのか、考えてみると少し妙な気もします。
東京大学大学院教育学研究科教授である本田由紀さんによると、「ジェネラル(全方位的)な能力を持つと判断された人を雇用する、日本企業の特異な採用形態が関わっている」とのことです。
本田さんは、「コミュニケーション能力」礼賛の傾向は、就活の在り方の変遷と共に強まってきたと言います。
1953年に「就職協定」(学生の採用開始時期に関するルール)が企業と大学の間で締結されました。就活が学業に及ぼす影響を抑えることが主眼でしたが、バブル経済崩壊後の1977年に廃止されました。以後、採用活動の早期化や長期化に拍車がかかります。更にインターネットの普及により、大手企業を中心に、大量の応募者が殺到する状況が生じました。このため面接の回数が増えたほか、多数の求人に同時並行でエントリーすることが一般的となるなど、選考プロセスが複雑化したのです。
やがて各企業では、重層的な採用過程に対応できる、より使いやすい「合否の基準」が求められるようになります。そこで存在感を高めたのが、「コミュニケーション能力」だったのです。
日本の新卒採用では、選考上、専門性よりもポテンシャル(潜在能力)の見極め日起点が置かれていました。企業側が実務に必要な能力や経歴を指定した上で求人情報を出す、欧米式の「ジョブ型」雇用と比べ、採用基準の明確さに欠けています。
具体的なスキルを想定しない以上、採用担当者が把握できるのは、外面から推し量れる応募者の人柄や、話しぶりといった所作にまつわる情報が中心となります。就労経験がない学生の選考において、人間性は必然的に重要な指標となっていきました。
この傾向が強まったのが、リーマンショックが起きた2000年代前半です。経営の悪化により、「厳選採用」の姿勢で学生と向き合う企業が増えたのです。面接での人格評価も一層盛んになった背景があるのです。
「採用担当者と似た青春時代を送ってきた学生が面接にやってくれば、おのずと話が盛り上がるでしょう。結果として、その学生は『コミュニケーション能力が高い』となりやすい。就活におけるコミュニケーション能力とは、担当者の個のみと同期の概念だと言えます」本田さんは語っています。
新卒の採用試験は、仕事や職場への適性の有無を判断するために行われます。企業が実施する筆記テストや大学の授業の成績といった、客観的な材料も参照されるはずです。面接時の印象だけですべてが決まるわけではありません。しかし本田さんは、例えば女性の応募者の場合、真面目な話し方が「冷たく、柔軟性がない」などとして、評価されることもあると言います。
女性は常に他者を立て、人当たりがやさしくあるべきだ-。そのような旧態依然とした価値観とコミュニケーション能力が結びつき、不当な取り扱いにつながるケースは少なくないそうです。
「個人に内在しない性質を、あたかも実際にあるかのように捉える。更に『厳選採用』名目で、学生の人間性を考査に利用する。新卒採用の現場では、そういうことが行われていいます。評価者の私情を挟むため、班的に差別が含まれやすいのです」と語っています。
新卒採用を通じて、企業は多様な人生背景を持つ楽師との出会いを、学生は職務の内容にとらわれずに仕事を選ぶ機会が得られます。また応募者の将来性に注目するやり方が、学生の職業選択の幅を広げ、柔軟にしているとも考えられます。
ただ、採用担当者の胸三寸が合否に影響する点で、企業の裁量が極端に大きいのも事実です。本田さんが言われたように「コミュニケーション能力」を偏った捉え方で基準値にしてはいないか。そのような視点で面接を受ける際は注視することを知っておくことが大切だと思われます。