「心理的安全性」を創るリーダーの条件。チームの成長を加速させる共感力
人事の皆さん、こんにちは。
前回の記事では、リーダーシップが「管理」から「内発的動機を引き出すこと」へと変革することの重要性をお話ししました。
では、その内発的動機をメンバーが安心して発揮できる環境とは、どのようなものでしょうか?
その答えこそが、近年、Googleの「プロジェクト・アリストテレス」などでその重要性が科学的に証明された「心理的安全性(Psychological Safety)」です。心理的安全性とは、チームの中で、自分の考えや懸念、失敗などを表明しても、非難されたり罰せられたりしないと信じられる状態を指します。これは、単なる「仲良しクラブ」を意味するのではなく、建設的な対立や率直な意見交換を可能にするための「信頼の土台」です。
今日の記事では、真のリーダーが、この心理的安全性をどう創り出すのか、特にリーダーに必要な**「共感力」と、失敗を成長に変える「フィードバックの技術」**に焦点を当てて、具体的な方法を解説します。この土台があって初めて、組織は変化を恐れずに挑戦し続けられる、しなやかな学習集団へと進化できるのです。
1. Googleが発見した「最高のチーム」の共通点と構造
Googleが何年もかけて実施した「プロジェクト・アリストテレス」という大規模な調査は、最高のパフォーマンスを発揮するチームに共通する要因を探るものでした。その結果は、多くの企業が抱いていた常識を覆しました。
1.1. パフォーマンスの鍵は「誰が」ではなく「どう関わるか」
調査の結果、チームの成果を左右する最大の要因は、メンバーの学歴やIQ、経験といった個人の属性ではなく、「心理的安全性」であることが明らかになりました。つまり、誰がチームにいるかよりも、メンバー同士がどう関わり合うか、そしてリーダーがどんな環境を創り出しているかが決定的に重要だったのです。心理的安全性が高いチームでは、メンバーはリスクを恐れず、活発に意見を出し合い、結果としてイノベーションが生まれやすい構造になっています。
1.2. 知識を隠さない「オープンな共有文化」の創出
心理的安全性が確保されているチームでは、メンバーは自分の失敗や、うまくいかなかった試行錯誤を隠しません。なぜなら、それを報告しても「誰が悪い」と責められるのではなく、「この失敗から何を学べるか」という建設的な議論に繋がると知っているからです。ピーター・ドラッカーは、「知識は、それを応用するための情報として共有されて初めて力になる」と説きました。心理的安全性は、この貴重な情報(成功と失敗の両方)が組織全体に流れ、学習が加速する土台となります。
1.3. 「多様な意見」を活かすための土台
イノベーションや最良の意思決定は、異なる意見や視点が衝突し合い、統合されることで生まれます。心理的安全性が低い環境では、場の空気を読んで異論を唱えない「同調圧力」が支配します。しかし、リーダーが安全性を創り出せば、メンバーは遠慮なく多様な意見や、組織の現状への健全な懸念を提示できるようになり、その多様性こそがチームの強みとなり、成長を加速させます。
2. 心理的安全性を創るリーダーの核となる「共感力」
心理的安全性は、リーダーの共感的な態度から始まります。メンバーの感情や状況を理解し、受け止めることができるリーダーこそが、安心して挑戦できるチーム環境を創り出せるのです。共感力は、特別な資質ではなく、トレーニングによって誰もが身につけられるスキルです。
2.1. メンバーの「不安」を言語化して受け止める傾聴姿勢
リーダーは、メンバーが抱える不安や懸念を、まずは否定せずに受け止めましょう。「この新しい仕事は、失敗したらどうしようと不安だよね」「その気持ちはよくわかる」と、不安な感情を言語化して返す「感情のミラーリング」は、メンバーに「理解されている」という感覚を与え、安心感を生み出します。傾聴の際、リーダーが身を乗り出し、言葉だけでなく非言語的なサインにも注意を払うことが、共感を深めます。
2.2. 「弱みを見せる」ことで信頼関係を築く
真のリーダーは、完璧主義者である必要はありません。むしろ、自分の弱みや失敗談を正直に開示する(脆弱性の開示)ことで、メンバーとの間に信頼関係を築くことができます。リーダーが人間的な側面を見せることで、「私も完璧でなくていいんだ」「このリーダーなら失敗しても大丈夫だ」という安心感が生まれ、メンバーも安心して自己開示ができるようになります。これは、人間関係の心理学における「自己開示の返報性」を活用した、信頼構築の王道です。
2.3. 「沈黙」を恐れず、メンバーが考える時間を尊重する
面接や会議などで、質問をした後に候補者やメンバーが考えるための「沈黙」を、リーダーは恐れてはいけません。沈黙は、深く、本質的な答えを探しているサインです。性急に次の質問に移るのではなく、数秒間静かに待つことで、深い自己開示や、より熟考された意見表明を促すことができます。これは、メンバーの思考と発言を尊重する、共感的な態度の表れです。
3. 失敗を成長に変える「フィードバック」の技術とルール
心理的安全性を維持・向上させるためには、失敗があった際のリーダーのフィードバックの質が決定的な鍵を握ります。フィードバックを「成長の機会」に変えるための具体的な技術を、リーダーは磨き続ける必要があります。
3.1. 「人」ではなく「行動」に焦点を当てる原則
フィードバックは、決して「人」を攻撃するものであってはいけません。「君はいつも集中力がない」といった人格への批判は、心理的安全性を瞬時に破壊します。そうではなく、「この資料のこの部分について、Aという行動をとった結果、Bという成果になったね」というように、具体的な「行動」と「結果」に焦点を当てましょう。これは、受け手が自分の努力で変えられる範囲にフィードバックを限定する、倫理的な配慮でもあります。
3.2. 「未来志向」の問いかけで学習を促す
フィードバックは、過去の行動の評価で終わらせず、必ず「未来の行動」に繋げる問いかけで終えましょう。「この失敗から、次に何を学び、具体的にどう変えたいと思う?」という質問は、メンバーの思考を「過去の反省」から「未来の挑戦」へと切り替えさせ、建設的な学習を促します。リーダーは、メンバーがこの学びのプロセスを言語化するのをサポートすべきです。
3.3. ポジティブ・フィードバックの「意図的」な実践
ネガティブなフィードバックを与える時以上に、ポジティブなフィードバックを意図的に、そして具体的に行いましょう。メンバーの強みが発揮された時、挑戦したプロセスを評価する時など、具体的かつ定期的に「あなたのこの行動は、チームにとって大きな価値を生み出した」と伝えることで、メンバーは「自分はこのチームに貢献できている」という自己効力感と帰属意識を持つことができます。これは、モチベーションの維持に不可欠です。
4. 心理的安全性を破壊する要因の排除と組織的規範
心理的安全性は、リーダーの共感的な姿勢だけでなく、組織としての高い規範と、破壊的な言動を許さない強いコミットメントによって維持されます。人事はこの規範の設定を支援すべきです。
4.1. 「マイクロアグレッション」を排除するリーダーの責任
心理的安全性を損なう要因として、無意識の差別や軽蔑的な言動である「マイクロアグレッション」が挙げられます。「若手だから仕方ない」「専門外だから口を出すな」といった不用意な一言は、メンバーの心理的安全性を瞬時に破壊します。リーダーは、自身の発言だけでなく、チーム内のコミュニケーションにおいて、こうした言動を許さない高い規範を率先して示し、チームの規律として徹底する責任があります。
4.2. 健全な「対立」を奨励する場の設定
心理的安全性が高いチームは、「対立がないチーム」ではありません。むしろ、遠慮なく意見をぶつけ合う「健全な対立」が活発に行われるチームです。リーダーは、意見の対立が「人格への攻撃」ではなく「最良の解を求めるためのプロセス」であることを明確にし、建設的な議論を奨励する会議形式やルールを設定すべきです。これにより、多様な視点から最善の意思決定を下すことができます。
4.3. 意思決定プロセスにおける透明性の確保
メンバーが、なぜその意思決定がなされたのか、その背景にある情報や論理を理解できている状態は、心理的安全性を高めます。リーダーは、重要な意思決定に至るプロセスや、懸念点がどのように考慮されたかを透明性高く開示すべきです。これにより、メンバーは自分の意見が反映されなくとも、組織が公正に動いていると信頼できます。
5. リーダーシップ変革を促す人事と教育戦略
心理的安全性を組織文化の核とするためには、人事部門がリーダー育成と評価の戦略を抜本的に見直す必要があります。
5.1. リーダー育成に「共感スキル」を組み込む
リーダー研修において、これまでの「目標管理」や「業務効率」といったスキルに加え、「傾聴」「感情のミラーリング」「コーチング的問いかけ」といった共感スキルを必須項目として組み込みましょう。単なる座学ではなく、ロールプレイングや相互フィードバックを通じて、実践的なスキルとして定着させることが重要です。
5.2. 「脆弱性の開示」を促すリーダーシップ・サークルの導入
リーダー同士が、自らの失敗や不安、困難なマネジメント事例を共有し合う「リーダーシップ・サークル」を導入しましょう。ここでは、評価や非難を完全に排除した安全な環境で、リーダー自身が「脆弱性の開示」を実践します。これにより、リーダーは安心感を得られるだけでなく、チームで実践するためのモデルを身につけることができます。
5.3. 心理的安全性の「定点観測」と評価への組み込み
組織サーベイやエンゲージメント調査において、心理的安全性のスコアを定期的に測定し、これをリーダーの評価指標の一部に組み込みましょう。ただし、スコアを「罰則」に使うのではなく、あくまで「成長のための指標」として用い、スコアが低いリーダーには個別のコーチングや育成リソースを積極的に提供すべきです。

6. まとめ:心理的安全性は「リーダーのコミットメント」である
今日の記事では、心理的安全性を創るリーダーの条件と、共感力・フィードバックの技術、そして組織的な規範の重要性についてお話ししました。
6.1. 心理的安全性は組織の「生命線」
心理的安全性は、変化の激しい時代を生き抜き、イノベーションを生み出し続ける組織にとっての「生命線」です。これを築くことは、短期的なコストではなく、長期的な組織レジリエンス(回復力)への最も賢明な投資です。
6.2. 「人」を信じるというリーダーの本質
真のリーダーシップとは、他者の可能性だけでなく、人の弱さも含めたすべてを信じることです。メンバーが失敗を恐れずに挑戦できる環境を創り出すのは、リーダーの「あなたを信じている。失敗しても、共に学ぶ」という揺るぎないコミットメントに他なりません。
人事の皆さんが、この信頼の土台を組織全体に広げ、あなたの会社のリーダーたちが、共感と規範の力で心理的安全性を創り出し、チームの成長を最大限に加速させることを、心から願っています。
【HRパーソン向け】本質的な組織変革を学ぶあおもりHRラボのHRコミュニティ
組織と個人の成長を加速させる、戦略人事のための相互学習の場
私たち人事・HRパーソンは、常に変化する時代の中で、組織と個人の未来をデザインする重責を担っています。しかし、その答えは書籍やセミナーで得られる一過性のノウハウだけでは見つかりません。必要なのは、本質を見抜く視点と、多様な実践知を交換し合う場です。
あおもりHRラボのHRコミュニティは、「採用」「リーダーシップ」「人材育成」「組織文化」といった人事の核となるテーマを、ピーター・ドラッカーの普遍的な教えや最新の心理学に基づき、深く掘り下げて学びます。
コミュニティで得られる3つの価値
- 本質的な洞察: 一過性のトレンドに流されず、人事課題の根源を理解する視点を獲得できます。
- 実践的な知見の交換: 異なる業界・規模のHRパーソンと、現場で「本当にうまくいったこと」を共有し、明日使えるアイデアを持ち帰れます。
- 信頼できるネットワーク: 孤独になりがちなHR戦略策定において、心から信頼できる相談相手や相互支援の輪を築けます。
未来を創る人事戦略の羅針盤を、一緒に磨き続けませんか?
あなたの組織の課題解決、そしてHRパーソンとしてのキャリアアップに貢献できるコミュニティでありたいと願っています。
「なぜ」を深く探求し、「どうすれば実現できるか」を実践的に議論する場に、ぜひご参加ください。
【参加・問い合わせ方法】
コミュニティの詳細や参加条件に関するお問い合わせは、すべて下記の問い合わせページより、メールにてご連絡をお願いいたします。
現在、多くの反響をいただいており、ご返信に数日いただく場合がございます。何卒ご容赦ください。
問い合わせページ よりお問い合わせください。