自己分析では足りない――本質的な自己認識を夏に育てよう

「自分のことは自分がいちばんわかっている」――それは本当だろうか

こんにちは、あなたらしく輝ける未来を共に創造して、キャリア形成や就活の支援をおこなっている【あおラボ】です。

就活の準備として「自己分析をしよう」と言われる。

多くの学生がそれに応えて、性格診断ツールを使ったり、過去の経験を書き出したりする。結果を読んで、「なるほど、自分はこういう人間なのか」とひとまず納得する。

それで「自己分析は終わった」と思う。

でも、そこで終わりにしてしまうと、3年生になったときに困ったことが起きる。

「あなたの強みは何ですか」と聞かれて、言葉が出てこない。「なぜ当社を志望するのか」に答えようとして、表面的な言葉しか浮かばない。「自分が本当にやりたいことは何なのか」がわからなくなる。

それは、「自己分析」と「自己認識」が別物だからだ。

心理学者のターシャ・ユーリックは、著書『insight(インサイト)』の中でこんなデータを示している。

「自分は自己認識ができている」と思っている人は、95%。

でも実際に自己認識が高い人は、10~15%にすぎない。

つまり、ほとんどの人が「わかっている」と思いながら、じつはよくわかっていないということだ。

今週の連載は、その「わかっているつもり」から出発して、本当の自己認識とは何かを一緒に考えていくものだ。

Chapter 1 「自己分析をした」と「自己認識が深まった」は別のこと

性格診断の結果を読むことも、過去の経験を書き出すことも、自己理解のきっかけにはなる。でも、それをもって「自己認識が高まった」とは言えない。なぜそうなるのかを、まず整理しておく。

1-1 ツールの「答え」は、あなたが出した答えではない

ストレングスファインダーが「あなたの強みは〇〇です」と言う。

読んで、「そうかもしれない」と思う。

でも、「そうかもしれない」という感覚の正体は何だろうか。本当に自分でそう気づいたのか。それとも、ツールが「そうだよ」と言ったから、そう思い込んでいるだけではないか。

人間の脳には「確証バイアス」という働きがある。一度「自分はこういう人間だ」という答えをもらうと、それに沿った記憶や経験だけを無意識に集め始める。反対の証拠は後回しになる。

だから、診断を受けたあとは「この診断は当たっている」と感じやすい。脳がそうなるように情報を選んでいるからだ。

ツールが悪いということではない。問題は、「診断結果を読んだ」ことで自己分析が完了したと思ってしまうことにある。

ツールは、自己理解の入口にはなる。でも、それだけでは自己認識は深まらない。入口に立っただけで、なかに入っていないのと同じだ。

1-2 「なんとなく自分はこういう人間」という感覚の正体

「私はどちらかといえば人見知りだと思う」「プレッシャーに弱いと思う」「けっこう負けず嫌いだと思う」――こういう自己像を、多くの人が持っている。

この「~と思う」は、いったいどこから来ているのだろうか。

多くの場合、その答えは「過去に誰かに言われたこと」か「ひとつの出来事からの印象」だ。

小学生のときに「あなたは繊細だね」と言われた。発表の場で頭が真っ白になったことがある。試合で負けたときに悔しくて泣いた。

そういった断片的な記憶が積み重なって、「自分はこういう人間だ」という像ができている。

これは自己像だが、自己認識ではない。

自己認識とは、自分の価値観・強み・弱み・思考のクセ・他者への影響を、できるだけ正確に把握していることだ。断片的な記憶や他人の評価からではなく、継続的な観察と振り返りを通じて育てて/高めていくものだ。

ひとつの出来事からつくられた自己像は、ときとして「本当の自分」とはかけ離れていることがある。あなたにも心当たりがあるかもしれない。以前の私にはそういう節が少なからずあった。

1-3 就活のときに「自分がわからなくなる」理由

就職活動が始まると、「自分が何をしたいのかわからない」という感覚に陥る学生は少なくない。

3年生になり、企業研究を始めようとしたとき。「あなたの強みは?」「なぜ当社を志望するのか?」と問われたそのとき初めて、「自分のことを、じつはよく知らなかった」と気づくのだ。

でも、それは遅い。

なぜかというと、自己認識は短期間で身につくものではないからだ。

ターシャ・ユーリックが「自己認識のユニコーン」と呼ぶ人たち――自己認識の高い人――に共通していたのは、長い時間をかけて自分を観察し、他者からのフィードバックを受け取り続けてきたという事実だった。

就活が始まってから急いで取り組むものではない。就活より前に、静かな時間の中で育てておくものなのだ。

だから、2年生の夏にここにキチンと目を向けることには、大きな意味がある。

1-4 「自己分析」という言葉が持つ、少し困った先入観

「自己分析をしなさい」と言われると、多くの学生は「ツールを使う」か「過去の経験を書き出す」という作業をイメージする。

それ自体は悪くない。

ただ、「分析」という言葉に引きずられて、「データを集めれば答えが出る」という感覚で取り組んでしまう学生が実に多いのだ。あなたはどうだそうか。

分析は、手段だ。目的ではない。

目的は、「自分が何者で、何を大切にして、どう生きたいか」を知ることにある。そのための手段として、過去を振り返ったり、フィードバックを求めたりするのだ。

手段と目的が逆になると、「自己分析シートをたくさん書いたのに、自分のことがよくわからない」という状態になる。作業をこなしているが、自己理解は深まっていない、という状態だ。

ツールや作業そのものに意味があるのではなく、そこから「自分について何を学んだか」が問われている。この点を外してはいけない。

Chapter 2 セルフ・アウェアネスとは何か、正確に知る

「セルフ・アウェアネス」という言葉は、就活や自己啓発の場でよく使われるようになってきた。だがその言葉が実際に何を指しているかを、正確に理解している人は少ない。ここでその定義を整理する。

2-1 内的自己認識と外的自己認識、2種類がある

ターシャ・ユーリックは、自己認識を2種類に分けている。

ひとつは「内的自己認識」。自分が、自分のことをどれだけ正確に理解しているか、だ。価値観・情熱・行動パターン・感情の反応・他者への影響――こういったことを、自分の内側から観察する力だ。

もうひとつは「外的自己認識」。他者が自分をどのように見ているかを、正確に把握しているか、だ。

この2つは、別々に高くなることがある。

内的自己認識は高いが、外的自己認識が低い人。「自分のことはよくわかっている」と思っているが、周囲からどう見られているかは把握できていない。

外的自己認識は高いが、内的自己認識が低い人。他人からの評価や期待には敏感だが、自分が本当に何を大切にしているかは見えていない。

就活でいうと、「面接では相手が何を求めているかはわかるが、自分が本当に入りたい会社がわからない」という状態は、後者に近い。2つのバランスを意識して育てることが大切なのだ。

2-2 95%が「できている」と思っているが、実際は10~15%という現実

ユーリックの研究チームは、数千人を対象とした調査を行った。

「自分は自己認識ができている」と答えた人は、95%に上った。

だが、客観的な基準で測ったとき、実際に自己認識が高いと判定されたのは10~15%だった。

つまり、自己認識が低い人の大半は、「自分は自己認識ができている」と思っている。

これは皮肉な話だが、よく考えると納得がいく。

自己認識が低い状態というのは、「自分に見えていないものが見えていない」状態だ。見えていないから、見えていないことに気づかない。

自己認識を高めようとするとき、まず必要なのは「自分はまだよくわかっていないかもしれない」という前提に立つことだ。「わかっているつもり」から抜け出すことが、最初の一歩になる。

2-3 セルフ・アウェアネスは生まれつきの才能ではない

「自己認識が高い人は、最初からそういう人なんじゃないか」と思うかもしれない。

違う。

ユーリックの研究が明らかにしたのは、自己認識は後天的に育てられるということだ。

「自己認識のユニコーン」と呼ばれる、自己認識の高い人たちに共通していたのは、何か特別な才能を持っていたことではなかった。

彼らは、意図的に自分を観察し続けていた。他者のフィードバックを受け取ることを怖れず、むしろ歓迎していた。自分について「なぜ」と問うより「何が起きているか」を観察することに慣れていた。

これは、習慣だ。才能ではない。

逆に言えば、今から始めれば育てられる。大学2年生の今から取り組むことには、十分な意味がある。

2-4 自己認識が高い人と低い人では、就活の経験がどう違うか

自己認識が高い学生の就活は、一般的に言って、ブレが少ない。

どの企業を受けるかの判断に迷いが少ない。面接で話す内容が一貫している。志望動機が表面的でない。入社後のミスマッチが起きにくい。

これは「就活がうまい」ということではない。「自分がどういう人間か」をある程度把握しているから、選択の判断基準が自分の内側にある、ということだ。

一方、自己認識が低いまま就活に臨むと、「なんとなく雰囲気がよかった」という理由で会社を選びやすくなる。面接の答えが「就活サイトのアドバイス通り」になりがちで、自分の言葉が出てこない。入社後に「思っていた仕事と違う」と感じるリスクも高くなる。

就活の準備として「自己分析をする」のではなく、「自己認識を育てる」ことを日常にしていた学生が、就活本番で強いことを見てきた。

Chapter 3 自己認識が低いまま就活に臨むと、何が起きるか

具体的に見ておこう。自己認識が浅い状態で就職活動を始めると、どんな場面で困ることになるのか。

3-1 面接で「自分の言葉」が出てこない

「あなたの強みを教えてください」

この質問に、すらすら答えられる学生は少ない。多くの場合、「強みは〇〇です」と答えているが、それは就活サイトのアドバイスをなぞった言葉だったりする。

面接官はプロだから、すぐ気づく。

「この人の言葉か、それとも誰かに教えてもらった答えか」は、話を聞いていればわかる。

自分の言葉で話せるのは、自己認識が深まっているときだ。「こういう場面でこう感じた」「そのとき自分はこう動いた」「だから今はこれを大切にしている」――具体的な経験と自分の価値観が結びついていると、自分の言葉が出てくる。

自己認識が浅いままでは、どんなに面接の練習をしても、言葉が表面的なままになりやすい。

3-2 「やりたいことがわからない」という状態の本質

「やりたいことがわからない」と悩む学生は多い。

この悩みの本質は、「やりたいことを見つけていない」ことではなく、「自分が何に価値を感じるかを知らない」ことにある場合が多い。

ユーリックが言う内的自己認識――自分の価値観・情熱・行動パターン――が育っていないと、外から与えられる選択肢を前にしても、どれが自分に合うかを判断する基準がない。

だから「どれでもよさそう」だし「どれも違うような気もする」という状態になる。

「やりたいことを探す」より先に、「自分が何を大切にしているかを知る」ことが明確でなければならない。

就活のその先に何を求めているか、どんな環境で力を発揮できるか――こうしたことへの理解が深まると、選択肢の前に立ったときに動じにくくなる。

3-3 「なんとなく合いそう」で選んで、入社後に苦しむ

「会社の雰囲気がよかった」「社員さんが明るかった」「オフィスがきれいだった」――こういった理由で会社を選んだ結果、入社後に「思っていた仕事と違う」「この職場が自分に合わない」と感じるケースは珍しくない。

なぜこうなるか。

自分の価値観や、どんな環境で力を発揮できるかを理解していないまま、表面的な印象だけで判断しているからだ。

「なんとなく合いそう」という感覚は、自己認識の代わりにはならない。

自己認識が高い人は、「私はこういう仕事のときにエネルギーが出る」「こういう関係性の中で力が発揮できる」「この価値観だけは曲げられない」という軸を自分の内側に持っている。だから、会社を選ぶときの判断基準が、外から与えられた情報ではなく、自分の内側から出てくる。

3-4 「自分のことは自分がいちばんわかっている」という思い込みが判断を狂わせる

就活において判断を誤る学生の多くは、「自分のことはわかっている」という前提で動いている。

だが、ユーリックのデータが示す通り、95%の人が「わかっている」と思いながら、実際には10~15%しか自己認識が高くない。

「自分はわかっている」と思っているとき、人は自己認識を深める努力をやめる。

反対に、「まだよくわかっていないかもしれない」と思っている人は、継続的に自分を観察し、他者からのフィードバックを求め、自己認識を育て続ける。

就活における判断の質は、情報収集の量だけで決まるのではない。「自分という判断者を、どれだけ正確に理解しているか」によっても決まる。

Chapter 4 自己認識を育てることは、どういう実践か

自己認識は、机の上で「考える」だけでは育たない。日常のさまざまな場面が、自己認識を育てる機会になる。具体的にどういうことかを見ておく。

4-1 「観察する」ことが出発点になる

自己認識を育てる最初のステップは、「深く内省する」ことではなく、「自分を観察する」ことだ。

内省と観察は、似ているようで違う。

内省は、「なぜ自分はこう感じたのか」「なぜこういう行動をしたのか」という問いから入る。

観察は、「自分はいま何を感じているか」「このとき自分はどう反応したか」という事実の確認から入る。

ユーリックの研究では、「なぜ」という問いから始める内省が、必ずしも正確な自己認識につながらないことが示されている。「なぜ」と問うと、人は無意識に「それらしい答え」を作り出してしまうからだ。

まずは「何が起きたか」を観察すること。自分の感情、反応、行動の事実を、評価せずに見ていくことが、自己認識の出発点になる。

4-2 日常のあらゆる場面が観察の材料になる

自己認識を育てるための「特別な時間」は、必要ない。

グループワークで意見が採用されなかったとき、自分はどう感じたか。人から頼まれたことを断れなかったとき、何が働いていたか。ひとりで取り組む作業と、誰かと一緒にやる作業では、どちらがエネルギーを感じるか。

こういった日常の場面が、すべて観察の素材になる。

インターンシップも同じだ。「働く」という場に身を置いたとき、自分がどんな仕事に興味を感じ、どんな場面で消耗し、どんな人との関係でやる気が出るか――それを意識して見ていくだけで、自己認識のデータが積み重なっていく。

日常をただ過ごすのではなく、「自分を観察する場」として見るだけで、夏の過ごし方の質が変わる。

4-3 短い振り返りの習慣が、自己認識を積み上げる

観察したことを、言葉にして残す習慣が、自己認識を深める。

形式は問わない。日記でも、スマホのメモでも、ノートでも。

「今日、こんな場面でこう感じた」「このとき自分はこう動いた。なぜだろう」――こういった短い記録を積み重ねていくと、やがてパターンが見えてくる。

「自分はこういう状況のとき、こう反応する傾向がある」

「こういう関係性の中で、力が発揮できる」

「この価値観は、どうやらゆずれないらしい」

一回の振り返りで「自分のことがわかった」とはならない。でも、続けることで少しずつ解像度が上がっていく。夏休みという時間は、その積み上げをするのに向いている。

4-4 自己認識は「一人でやるもの」ではない

自己認識を育てる作業は、自分一人で完結しない。

内的自己認識(自分が自分をどう見るか)と、外的自己認識(他者が自分をどう見るか)は、セットで育てる必要がある。

他者の目線を受け取ることで、「自分だけでは気づかなかった自分」が見えてくることがある。それは耳が痛い場合もあるが、自己認識を深めるうえで欠かせない情報だ。

信頼できる友人、先輩、あるいは就職支援の場。そういったところで「自分はこう感じた」「こういう場面でこうなる」という経験を話し、相手の反応を受け取ることが、自己認識に深みを加えていく。

この「他者からの視点」については、3日目の連載(7月29日)で詳しく扱う。今日はまず、自己認識が「一人の内省だけでは完結しない」ということを覚えておいてほしい。

今日のまとめ

「自己分析をした」と「自己認識が深まった」は、まったく別のことだ。

ツールの診断結果を読むことは、自己理解の入口にはなる。でも、そこで止まってしまうと、本当の自己認識には近づかない。

心理学者ターシャ・ユーリックの研究が示す通り、自己認識が高い人はわずか10~15%。しかしこれは生まれつきの才能ではなく、時間をかけて育てていくものだ。

2年生の夏は、その時間として、これ以上ない機会だと思っている。まとまった時間があり、インターンシップという実践の場もある。この夏を「自分を知るための季節」にしてほしい。

明日からの4日間で、内的自己認識・外的自己認識・問いの技術・実践プランを一緒に見ていく。5日間を通して読んでもらえると、「自分を知る」という作業の全体像が見えてくるはずだ。

今日はここから、「自己分析と自己認識は別物だ」という一つの視点を持ち帰ってほしい。あなたが自分を知れば知るほど、就活の言葉は本物になる。そしてその先の人生にも、ずっと続く財産になる。

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