「パーパス」と「エンゲージメント」。企業と個人の価値観を連動させる戦略
HRパーソンの皆様、そして、組織の文化と従業員の心の繋がりを深く追求されている皆様、こんにちは!
今週は、組織の持続的な成長を支える「組織文化」というテーマに入ります。VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代、戦略や技術がすぐに陳腐化する中で、企業が競争優位性を保つための最後の砦となるのが、「揺るぎない組織のパーパス(存在意義)」と、それに対する従業員の深い共感(エンゲージメント)です。
単なる報酬や福利厚生だけでは、優秀な人材の内発的な動機づけは得られません。経営学の父、ピーター・ドラッカーは、「知識労働者にとって、最高の報酬は、その組織の使命に共感し、貢献できること」だと述べています。
本日は、この組織のパーパスを、従業員一人ひとりの「人生観」や「大切にしたい価値観」という極めて個人的なレベルで深く結びつけるための戦略に焦点を当ててまいります。この「価値観の連動」こそが、組織文化を磨き上げ、エンゲージメントを飛躍的に高める最重要施策となります。
1. エンゲージメントの源泉:「パーパス」と「個人の価値観」の交差点
エンゲージメントとは、「会社に言われたからやる」という受動的な態度ではなく、「この会社で、この仕事を通じて、社会に貢献したい」という能動的で内発的な貢献意欲です。
1.1. 組織のパーパスは、「個人の自己超越」の器である
パーパス経営が注目されるのは、現代人が「単なるお金儲け以上の意味」を仕事に求めているからです。心理学的に見ても、人は「自分よりも大きな何か」に貢献していると感じるとき、最も深い充足感(自己超越)を得ます。HRパーソンは、組織のパーパスを、従業員が自分の仕事を通じて自己超越を達成できる「器」として提示しなければなりません。
1.2. 「個人が持つ人生観」をパーパスに接続する
従業員一人ひとりが持つ「人生で何を成し遂げたいか」「どんな社会を望むか」という人生観(パーソナル・パーパス)こそが、エンゲージメントの最も深い源泉です。組織文化を磨くとは、「社員の個人的な価値観と、会社のパーパスが交差するポイント」を意図的に見つけ出し、言語化するプロセスを制度として提供することです。この交差点を見つけることで、仕事が「やらされ感」から「私の人生のミッション」へと変わります。
1.3. ドラッカーの教え:「組織の使命」を「行動規範」に落とし込む
パーパスを単なる標語で終わらせず、組織文化として定着させるには、パーパスを「日々の行動の規範(プリンシプル)」に具体的に落とし込むことが必要です。HRは、この「パーパス実現のために、私たちは日々どう振る舞うべきか」という行動規範の対話を主導し、組織全体で合意形成を図るべきです。
2. 企業と個人の価値観を連動させる具体的なHR施策
従業員のパーソナル・パーパスと企業のパーパスを紐づけ、エンゲージメントを高めるための、実践的なHR施策を提案します。
2.1. 「パーソナル・パーパス・コーチング」の定例化
上司と部下が、キャリア面談とは別に、「自分の人生観、大切にしたい価値観、組織のパーパスとの接点」について語り合う対話会を導入しましょう。
- 目的: 部下自身の内なる価値観を明確にし、自律的に組織のパーパスのどの部分と結びついているかを発見させる。
- 対話の焦点: 自分の「強み」が、パーパス実現のどの課題に貢献できるかという「貢献の設計図」を一緒に言語化する。この対話を通じて、上司は部下の価値観を尊重するという組織文化を体現します。
2.2. 「パーパス・アワード」による行動の可視化
パーパス実現に向けた「最も小さな貢献」の事例を全社で評価し、表彰する仕組みを導入しましょう。このアワードは、「どれだけ大きな成果か」ではなく、「パーパスを意識して、困難な状況で行動を貫いた」という行動様式に焦点を当てるべきです。
- 効果: パーパスが「自分ごと」となり、「こういう行動が評価される」という組織文化が明確に浸透する。
2.3. 「オンボーディング」におけるパーパス対話の強化
新入社員の入社時(オンボーディング)において、業務知識の伝達だけでなく、「あなたの人生観と、この会社のパーパスがどう繋がるか」という対話に最も時間をかけましょう。ファーストキャリアで自分の価値観と組織の使命が一致しているという強固な刷り込みを行うことで、初期のエンゲージメントと定着率を飛躍的に高めることができます。
3. 価値観連動がもたらす「しなやかな組織」文化
企業と個人の価値観が深く連動した組織文化は、エンゲージメントの向上に留まらず、組織全体のレジリエンス(回復力)と求心力を高めます。
3.1. 「変化への耐性」としてのパーパスの力
VUCA時代、戦略や戦術は常に変更されます。しかし、パーパス(なぜ我々は存在するのか)という根幹が強固であれば、従業員は「根幹の使命は変わらない」という安心感のもと、組織の戦略転換に柔軟に対応できます。パーパスは、組織の文化的な柱として機能し、レジリエンスを高めます。
3.2. 「心理的安全性」が価値観の開示を促す
自分の人生観という極めて個人的な情報を開示するには、その場に高い心理的安全性が必要です。HRは、「あなたの価値観を否定しない」という信頼関係(文化)が築かれているか、アンケートや対話を通じて継続的にチェックし、安全な対話の場を担保し続ける必要があります。
3.3. 「採用ブランド」としてのミッションフィット
自分の人生観を尊重し、それを会社のパーパスと結びつけようとする企業は、「理念に共感し、自律的に貢献したい」と考える優秀な人材(特に目的志向の強い若手)を自然と引きつけます。「価値観の一致(ミッションフィット)」を核とした採用戦略こそが、最も強固な採用ブランドを構築します。

4. まとめ:パーパスを「組織を動かす文化」に
今日の記事では、組織のパーパスを、従業員の人生観と連動させ、エンゲージメントを最大化する戦略について考察しました。
4.1. パーパスを「人生観との対話」で深化させる
パーパスは、HR部門が社員一人ひとりのパーソナル・パーパスを掘り起こす対話を通じて、初めて組織を動かす生きた文化となります。
4.2. 「貢献」の可視化がエンゲージメントを育む
小さな「パーパス志向の行動」を表彰する仕組みを導入し、「こういう行動が評価される」という文化を根付かせることが重要です。
4.3. 価値観の連動はレジリエンスと求心力の源泉
企業と個人の価値観が深く連動した組織文化は、変化へのレジリエンスを高め、優秀な人材を引きつけ続ける強力な求心力となります。
次回土曜日は、この強固な組織文化を土台として、「変化」を恐れず、多様な個性が輝く組織を創るための、心理的安全性の最終的な高め方と多様性の活かし方について深掘りします。