【労務管理】「多様な働き方」に対応するための就業規則見直しとハラスメント対策の強化

【職場環境・働き方改革:Day 4】
「多様な働き方」に対応するための就業規則見直しとハラスメント対策の強化

中小企業のHR担当者の皆様、こんにちは!「労務管理」の視点から、「多様な働き方」の導入に伴う法的リスクの低減心理的安全性の確保について解説します。

前回の記事では、労働時間マネジメントの戦略的な進め方をお話ししました。働き方改革の深化は、フレックスタイム、リモートワーク、副業といった「多様な働き方」の導入を不可避のものにしています。これらの柔軟な働き方を円滑に運用するためには、就業規則の適切な見直しと、新しい環境で潜在化しやすいハラスメントへの対策強化が急務です。

就業規則は、組織の「働く上での共通言語」です。これが時代の変化に対応していないと、予期せぬ労使トラブルや社員の不公平感を生み出し、せっかく導入した柔軟な制度が組織の混乱を招く結果となります。

本日は、多様な働き方に対応するための就業規則の見直しにおける重要論点と、新しい環境下で心理的安全性を維持するためのハラスメント対策を、法令遵守の視点と心理的配慮の視点から深掘りします。

1. 多様な働き方導入における「就業規則」見直しの重要論点

多様な働き方を導入する際、現行の就業規則が「オフィス勤務」を前提としていると、さまざまな予期せぬ問題が発生します。中小企業が特に注意すべき見直し論点を解説します。

リモートワークにおける「労働場所」と「通信費用」の明確化

リモートワークを導入する際、「労働場所(自宅、サテライトオフィス等)」の範囲と、「通信費用、電気代」などの費用負担に関するルールを明確に就業規則に定める必要があります。

  • 法的リスク: 費用の負担については、労働者が業務のために使用するものは会社が負担するのが原則ですが、私的利用との切り分けが難しい場合が多いため、明確なルールと一定額の手当支給などで対応するのが現実的です。

フレックスタイム制度導入における「コアタイム」と「清算期間」の設定

フレックスタイム制度を導入する場合、「必ず勤務すべき時間帯(コアタイム)」と、労働時間を計算する「清算期間」を明確に定め、社員に周知することが重要です。

  • HRの視点: 組織の業務特性(例:顧客対応時間)を踏まえ、「生産性を維持しつつ、社員の裁量も確保できるコアタイム」を慎重に設計することが、制度成功の鍵となります。

副業・兼業を「原則容認」とした場合の「競業避止義務」規定の見直し

政府は副業・兼業を推進しており、多くの企業が規則を「原則容認」に見直しています。容認する際、「競業避止義務(競合他社での副業禁止)」や「情報漏洩」のリスクを防ぐための規定を明確にしましょう。

  • 実践策: 副業を開始する際の「事前申請」を義務付け、業務内容や労働時間の上限を把握することで、本業への支障や情報漏洩リスクを最小限に抑える必要があります。

労使トラブル防止のための「労働時間の記録と報告義務」の明確化

柔軟な働き方は、労働時間の管理をより複雑にします。社員が「いつ、どこで、どれだけ働いたか」を正確に記録し、報告する「社員側の義務」を明確に就業規則に盛り込みましょう。

  • 法的側面: 労働時間の把握は会社の義務ですが、社員に適切な報告義務を課すことで、客観的な記録に基づく労務管理が可能になります。

就業規則の見直しにおける「社員代表の意見聴取」の徹底

就業規則を変更する際、「労働者の過半数で組織する労働組合、または労働者の過半数を代表する者」の意見聴取が必要です。柔軟な働き方を導入する際は、社員の意見を深く聴取し、不公平感や不満を解消する機会としましょう。

  • 心理的効果: 社員の意見を反映させるプロセスは、「自分たちの働き方を自分たちで決めている」という当事者意識(エンゲージメント)を高めます。

2. 新しい働き方で「潜在化しやすいハラスメント」とその対策

リモートワークなど、上司や同僚の目がない環境下では、従来のハラスメントが「潜在化」したり、新しい形で発生したりするリスクがあります。心理的安全性を維持するための対策強化が不可欠です。

リモート環境下で発生する「テクニカル・ハラスメント」

ITリテラシーの格差から、PC操作やツールの使い方について上司や同僚が威圧的な態度を取る「テクニカル・ハラスメント」が潜在化する可能性があります。

  • 対策: 社員のITリテラシーに応じた個別指導の機会を設け、「ITスキルは優劣ではない」という意識を組織全体に浸透させるための研修を実施しましょう。

「プライベート空間への過剰な介入」によるハラスメント

リモートワーク中、上司が不必要に「自宅の様子」を聞いたり、カメラを常時オンにすることを「過度に強要」したりすることは、プライバシー侵害やハラスメントに繋がる可能性があります。

  • HRの視点: 「業務遂行に必要な範囲でのみ、カメラやマイクの使用を求める」という、具体的なガイドラインを策定し、全社員に周知徹底しましょう。

「オンラインでのパワーハラスメント」の予防と対応

チャットやメールでの高圧的な言葉遣い深夜・休日の業務連絡の強要(プレッシャーハラスメント)は、リモート環境下で社員の精神的負担を増大させます。

  • 対策: 「オンラインコミュニケーションガイドライン」を策定し、「高圧的な表現の例」「夜間・休日の緊急連絡の定義」を明確に定めます。また、管理職には「文面での指示は高圧的に伝わりやすい」という研修を徹底させましょう。

「ハラスメントは相談される側」にも心理的な影響がある

ハラスメント相談窓口の担当者や、ハラスメントを受けている同僚をサポートする社員(アライ)も、二次的な心理的影響を受けることがあります。

  • 心理的配慮: HR担当者は、相談窓口の担当者に対し、定期的なカウンセリングメンタルヘルスケアを提供し、彼らが安心して役割を遂行できる環境を整備すべきです。

「リフレクションの場」をハラスメント予防に活用する

Day 1で解説した「心理的安全性に基づいたリフレクションの場」は、ハラスメントの「予防」にも役立ちます。社員がお互いの価値観や働き方の違いを理解し、相互に配慮する文化が育まれるからです。

  • 実践策: チーム内で「私は、どのようなコミュニケーションでストレスを感じるか」を共有し合う「相互理解のための対話会」を定期的に実施しましょう。

3. 法改正の動向を踏まえた中小企業の対応戦略

労働施策総合推進法(パワハラ防止法)の改正や、労働基準法の見直しなど、HR担当者は常に最新の法改正動向を把握し、柔軟に対応する戦略が必要です。

パワハラ防止法における「中小企業の義務」再確認と対策

パワハラ防止法は、大企業だけでなく、中小企業にも義務化されています。相談窓口の設置、適切な対応体制の整備、ハラスメント防止のための研修の実施は、単なる努力義務ではなくなっています。

  • HRの役割: 年内中に、全社員に対する「ハラスメントの定義と事例」に関する研修をオンラインで実施し、「相談窓口の連絡先」を全社員に周知徹底しましょう。

労働条件の「明示事項」追加への対応準備

2024年4月には、労働条件の明示事項が追加され、「就業場所・業務の変更の範囲」などを明示することが義務付けられます。

  • 実践策: HR担当者は、年明けの新規採用に向けて、労働条件通知書や雇用契約書にこれらの追加明示事項が漏れなく記載されているかを確認し、フォーマットを更新しましょう。

「同一労働同一賃金」原則の再徹底と不公平感の解消

多様な働き方や雇用形態が増えるほど、「同一労働同一賃金」の原則に基づく不公平感の解消が重要になります。正社員と非正規社員、リモート社員とオフィス社員の間の待遇差の根拠を明確化しましょう。

  • 心理的配慮: 待遇差を設ける場合は、それが「業務内容や責任の範囲」といった客観的で合理的な理由に基づいていることを社員に透明性を持って説明できる体制が必要です。

外部の社会保険労務士との「連携体制」の強化

中小企業では、HR担当者が法令改正すべてに対応するのが困難な場合があります。外部の社会保険労務士と連携し、就業規則の見直しや法令改正への対応について、専門的なアドバイスを受けられる体制を強化しましょう。

  • HRの視点: 法改正のたびに「相談できる専門家がいる」という安心感を組織内に提供することは、HR担当者自身の心理的安全性にも繋がります。

働き方改革を「企業文化のアップデート」と捉える

就業規則の見直しやハラスメント対策を「罰則回避」のためと捉えるのではなく、「社員が最も安心して、自分の能力を発揮できる企業文化にアップデートする機会」と捉えましょう。

  • ドラッカーの視点: 組織の文化は、「社員がどのような行動によって承認されるか」によって決まります。柔軟な働き方や相互配慮を承認する文化を意図的に作りましょう。

4. 年末年始に準備すべき就業規則と対策のチェックリスト

今回の12月連載で得られた知見を基に、年末年始の期間中に貴社が準備・実施すべき、多様な働き方に対応するための就業規則とハラスメント対策のチェックリストです。

  • チェック①:リモートワークにおける「費用負担」「労働時間記録」「情報セキュリティ」に関する規定が整備されているか?
  • チェック②:副業を「原則容認」とするか、その際の「事前申請」と「競業避止義務」の規定を明確にしたか?
  • チェック③:ハラスメント防止のための「オンラインコミュニケーションガイドライン」を策定し、周知徹底したか?
  • チェック④:労働条件明示事項の追加(2024年4月対応)に向けた労働条件通知書フォーマットの更新を準備したか?
  • チェック⑤:外部の社会保険労務士との連携体制を強化し、就業規則の意見聴取プロセスを再確認したか?

まとめ:規則と配慮で、柔軟な働き方を成功に導く

中小企業のHR担当者の皆様、多様な働き方は、優秀な人材を獲得し、社員の満足度を高めるための強力な武器です。しかし、この武器を安全かつ効果的に使うには、「就業規則という明確なルール」と、「ハラスメントを防ぐ心理的な配慮」が両輪で必要です。

法令を遵守しつつ、社員の意見を反映させた透明性の高いルールを策定することで、貴社の柔軟な働き方は、単なる制度ではなく、社員を大切にする企業文化の証となります。

ルールと配慮のバランスが、貴社の柔軟な働き方を成功に導き、最高の企業文化を創り上げます。来週は「採用戦略」の視点から、働き方改革を採用ブランディングに活かす方法を解説します。

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